フランスがその技術を誇る世界遺産、ミディ運河。

カルカッソン城塞都市のついでに見て来ました。

観光船が行き来する美しい運河です。

何も知らないと「その辺りの綺麗な川と散歩道」と勘違いして終了、って感じです。

フランスの川は美しく整備されているところが多いですから。

しかし、その歴史を知ると、歴史のロマンと当時建設に携わった人達の功績を感じます。

では、ミディ運河はなぜ世界遺産になったのか?

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ミディ運河はなぜユネスコ世界遺産になったのか?


By Pinpin [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
ミディ運河とは、南フランスのトゥールーズでガロンヌ川から分岐し、地中海沿岸のトー湖までの全長240km、支流を含めた総全長は360kmの運河です。17世紀に建設され、19世紀に鉄道が発明されるまで大西洋と地中海間の重要な船舶輸送ルートでした。

何故、ミディ運河はユネスコの世界遺産に登録されたのか?

それは、17世紀に当時のあらゆる技術の集結だからです。

その昔、フランスの地中海と太平洋を水路で行き来するには、イベリア半島をぶるぐるりと一周しないと出来ませんでした。

しかもスペインにジブラルタル海峡の通行税を毎回支払わなくてはいけなかったのです。

それではお金、人、時間、物の保存など全ての面において非効率ですよね。

ですので、このミディ運河を当時の技術を駆使して、閘門(ロック)、水路橋、橋、トンネルなど328に渡るのしかけを施して、輸送水路を切り開いたのです。

スエズ運河とまではいかないものの、画期的なもので、南フランスの経済がミディ運河により大きく発展したのです。

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そして今…

ミディ運河は、鉄道や空路の発達により物販輸送の面ではお役御免となりました。

いやだって、当時は凄い閘門(ロック)技術。ですが、動かすの大変で時間かかります。

ですので、輸送船は消えて、時間のある観光客用の観光船が行き来して、この美しい運河の景色を楽しめるように様変わりしました。

かつて荷馬車が行き来した運河沿いの道は、木々が植えられ歩道として綺麗に整備され、ジョギングや散歩を楽しむ市民や観光客が伺えます。

私達は船に乗る時間がなかったのでちょっとだけ運河沿いを散策。

この運河を発案したのは地元の徴税師ピエール・ポール・リケさんという方。

当時のフランス国王ルイ14世から国家プロジェクトと認定されますが、難航続きで資金繰りが悪化。

しかし、自宅の家財やお嬢様の持参金までつぎ込んで、妥協する事なく当時の技術を駆使して、建築と景観の芸術性を考えつつ、画期的で実用的な運河の完成を夢見たリケさん。

1666年着工で1681年に完成たのですが、リケさんはその完成を見る事なく1680年にこの世を去る。

無念です!無念です!

しかし、リケさんの情熱、それに建築と景観の美しさへのこだわりは今なお活きている。

だってミディ運河は本来のお役目が終わった今でもなお、私達を芸術作品として楽しませてくれているのです。

なんて素敵な!なんてロマンな!

リケさん、ありがとう。

カルカッソンの城塞都市といいミディ運河といい、時期は違えど昔の人達のアイディアや技術は凄いものですね。

一緒に散歩する私達4人の子なしマダムの心はしばしタイムスリップをして、歴史のロマンのお話に花を咲かせたのです。