スペイン世界遺産に登録されている歴史的城塞都市クエンカ。観光して、とってもとっても気に入った街。その歴史を数行でサクっと紹介しようと思っていたのに…

カラトラバ騎士団とかサンチャゴ騎士団とかが出てきて、歴史物語みたいな、アニメみたいな、RPGみたいなので、ついつい熱くなってしまい…気がついたら、現在のクエンカの旧市街が出来た経緯まで綴っていました…

ということで、クエンカを舞台にレコンキスタで活躍する若きカスティーリャ王と騎士団の歴史物語他。

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無視された不毛の地 by ローマ帝国と西ゴート王国(紀元前〜)

ローマ帝国時代にイベリア半島はその支配下に入っていたので、領域的にはこのクエンカも含まれていました。ですが、人が住んでいない不毛の地だったのです。その後、西ゴート王国となっても手付かずでした。無視です。クエンカを無視。

国のど真ん中だったので、砦の建設の必要性を感じなかったのか、景色を楽しんだだけか、かの地を知らなかったのか、何も感じるところがなかったのかは謎。

何せこんなところですから。旧市街から山側を眺めるこの景色が広がります。断崖多し。よほどのことがないとここに住もうって思わない、ですよね。

イスラム勢力の要塞基地と織物産業の地へ(8世紀〜)

その後イスラム勢力、後ウマイヤ朝がイベリア半島に侵略してきて、この周辺の地を714年に確保。ローマ帝国や西ゴート王国に無視されたかの地ですが、イスラム勢力はここを軍事的戦略に丁度いいと考え、9世紀に要塞を築きます。何せ、フカル川(Rio Júcar)とウエカル川(río Huécar)に、両バサミされた石灰岩の断崖で、要塞としては最高の立地ではないですか!目のつけどころがいいですね。

その後、農業と織物産業の地としても、発展していきます。

イスラム勢力、小国乱立の戦国時代へ(11世紀)

後ウマイヤ朝がタリフ(イスラム教皇)の後継者を巡って1031年に滅びると、こんな感じでイスラム教勢力は30程の小国に分裂します。南の緑の領域がイスラム勢力で、北のグレー領域がキリスト教勢力。日本の戦国時代のようなものですね。


 via Wikimedia Commons

このトレド(Toledo)の小国(といっても結構大きいけど)にクエンカは含まれていました。

レコンキスタでカスティーリャ王国が領地奪還(12世紀〜)

その後、キリスト教勢力がレコンキスタ(キリスト教地だったところの奪還活動)に乗り出します。複数のイスラム勢力とキリスト教の王国の勢力がクエンカの奪い合いで混戦。が、イスラム勢力強し。

アルフォンソ8世のクエンカ奪還 第一戦

1172年にクエンカの総督だったMuhammad ibn Mardanis (イスラム勢力)が亡くなり、その息子が後釜に。その機に、若干17歳のカスティーリャ王国のアルフォンソ8世が クエンカを5ヶ月包囲。(兵糧攻めを狙う?)しかし、イスラム勢力のAbu Yaqub Yusufの援軍が到着したので撤退。あと少しのところで残念無念。旧市街は割と狭いので、兵糧攻めだったとしたら最高の戦略でしたのにね。

【キリスト勢力】 敗退!
カスティリア王国アルフォンソ8世(キリスト勢力)

【イスラム勢力】 勝利!
1147 Muhammad ibn Mardanisの息子 、5ヶ月後にAbu Yaqub Yusufの援軍

1176年に クエンカ周辺のHueteとUclésをキリスト勢力が回復し、その際に7年の休戦を締結する。

が、その1年後、

アルフォンソ8世のクエンカ奪還 第二戦

1177年にアルフォンソ8世が 再度クエンカ奪回に挑戦。その際、キリスト勢力の近隣諸国との連合軍を率いる。頼もしい協力者がズラリ。3国連合と3騎士団って、本気で領土奪回ですね。

【キリスト勢力】 勝利!

  • カスティーリャ王国 アルフォンソ8世 総指揮
  • レオン王国 フェルディナンド2世
  • アラゴン王国 アルフォンソ2世
  • カラトラバ騎士団 (Orden de Calatrava)カスティーリャ初というかスペイン初の戦闘騎士団
  • サンティアゴ騎士団(Orden de Santiago)カスティーリャのアルフォンソ8世とレオンのフェルディナンド2世が共同出資した騎士団
  • モンテガウディア騎士団(Orden de Montegaudio)アラゴン王国で創設された騎士団



【イスラム勢力】 敗退!
クエンカの司令官 Abu Bakr

再度Abu Yaqub Yusufの支援をお願いしたが、彼はアフリカに滞在中で支援なし。

とまあ、キリスト教勢力は最高の布陣で挑み、初めは街を占領して、最後に砦に追いやられたイスラム戦士を打ち取り、見事クエンカを奪還します。

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キリスト教の聖域化!現在のクエンカはこの時代12世紀〜18世紀の建物

そして1183年、クエンカ大聖堂を建設!ついにキリスト教の領土回復!

街は紡績産業と畜産業で発展します。

街の発展に伴い場所もなくなってきたので、旧市街は聖域化、その麓に新市街が広がっていきました。

現在見られるクエンカの旧市街は、これ以降、12〜18世紀にかけて建てられたものです。

その後、18世紀にスペイン王カルロス4世から王室タピストリー工場のコンペに入札を拒まれると、街は衰退。それに追い打ちをかけて、ナポレオン軍との戦いで、街が破壊されます。

19世紀に鉄道の建設で林業で盛り返すも、今度はスペイン王の継承戦争であるカタリスタ戦争で被害に。20世紀には他の多くのスペインの街と同じように貧困にあえぎ、スペイン市街戦争での破壊やフランコ将軍の軍部駐屯により街はボロボロに。戦後は経済の停滞に苦しみ、市民は豊かなバスクやカタロニア地方、ドイツへ続々と流出。

クエンカは1960年から1970にかけて、徐々に回復。クエンカの人口も年々増え続けています。1996年にユネスコの世界遺産に登録されてから、クエンカは観光地として脚光を浴びることになります。

現在のクエンカは、それはそれは素朴でカラフルで美しい街ですよ!

こちらは断崖に聳えるクエンカの旧市街(右手)と、同じく絶壁に佇む元修道院で現在ホテルのパラドール(左手)。圧巻の絶景です!